不採算事業の撤退では、その事業の赤字がなくなるかだけでなく、撤退後に残る企業が持続できるかを確認する必要があります。PEVA Modelは、撤退後の企業を事前に組み立て直し、収益性、資金、債務返済、移行負担、事業継続に必要な能力などから成立可能性を考える研究モデルです。
撤退する事業ではなく、撤退後に残る企業を見る
不採算事業の撤退を検討するとき、「その事業をやめれば、どれだけ損益が改善するか」は重要な判断材料です。しかし、撤退対象事業の赤字がなくなることと、撤退後の企業が持続可能になることは同じではありません。
事業を撤退しても、本部人員や共通設備、契約、債務などの費用や負担が残ることがあります。また、撤退によって顧客関係、人材、設備、許認可、情報システム、管理機能など、残したい事業に必要な能力まで失われる可能性があります。
そのため、確認すべきなのは「撤退する事業」だけではありません。その撤退方法を実行した後に残る企業が、経済的・資金的・事業的に成立するかまで考える必要があります。
この問題を体系的に検討するための研究モデルが、Post-Exit Viability Assessment Model(PEVA Model)です。
この研究で考えていること
PEVA Modelでは、複数事業を持つ企業が、不採算事業の撤退、縮小、売却、統合、再編などを検討するとき、撤退後に残る企業を事前にどのように組み立て直し、その企業が持続できる状態にあるかをどう判断するかを研究しています。
また、選択肢は「続ける」か「今すぐ撤退する」かだけではありません。一定期間改善してから撤退する、段階的に縮小する、売却する、他事業へ統合するといった複数の選択肢があります。
PEVA Modelでは、こうした選択肢を同じ出発点と比較条件で捉え、それぞれを実行した後にどのような企業が残るかを比較します。
ただし、PEVA Modelが自動的に最適な撤退方法や最適な撤退時期を決定するものではありません。
PEVA Modelの基本的な考え方
PEVA Modelでは、撤退判断を一つの事業の損益だけで完結させません。
撤退、縮小、売却、統合などの選択肢ごとに、実行後に残る企業を組み立て直し、主に次の観点から成立可能性を確認します。
- 撤退後も必要な利益を確保できるか
- 営業活動から継続的に資金を生み出せるか
- 撤退の途中を含め、必要な支払いに対応できるか
- 残る債務を返済していけるか
- 撤退や移行に必要な一時的な資金を確保できるか
- 事業継続に不可欠な人材、顧客関係、設備、許認可、情報システム、管理機能等を維持・代替できるか
- 撤退後も残る固定費を、残存事業で負担できるか
これらを単純に一つの総合点へまとめて答えを出すのではありません。
一つでも企業の存続を妨げる重要な条件がある場合、それを他の良好な項目で平均的に打ち消さないことがPEVA Modelの基本的な考え方です。
「配賦が消える」ことと「費用が消える」ことは異なる
不採算事業の撤退判断で特に注意が必要なのが固定費です。
管理会計上、撤退する事業に配賦されていた費用がなくなっても、企業全体から実際の支出まで同時になくなるとは限りません。
例えば、本部人員、施設、情報システム、共通設備、管理機能、長期契約などは、事業撤退後も全部または一部が残ることがあります。
したがって重要なのは、その事業に計上されている費用を単純に差し引くことではありません。撤退後の企業に、どの費用が、どの程度、どの期間残るのかを確認する必要があります。
撤退後に残る固定費を過小評価すると、「赤字事業をなくしたのに、会社全体の利益は思ったほど改善しない」という結果につながることがあります。
撤退後だけでなく、そこへ到達するまでを見る
撤退後の企業が最終的には黒字になるとしても、そこへ到達するまで会社が持ちこたえられるとは限りません。
撤退を実行するときには、人員の退職・配置転換、契約解除、設備撤去、情報システムの移行、二重運営、運転資金の変化など、一時的な負担が生じることがあります。
また、撤退まで一定期間を置く場合には、その期間中の追加損失や資金流出も発生します。
そのためPEVA Modelでは、撤退・移行が完了した後の通常状態だけでなく、意思決定した時点から撤退・移行を完了するまでの過程も分けて確認します。
将来の企業像が成立していても、そこまで到達する途中で資金が尽きるのであれば、その選択肢は実行可能とはいえません。
黒字になることだけでは判断できない
撤退後の企業が会計上黒字になることは重要です。しかし、それだけでは企業の成立性を判断できません。
例えば、年間では利益が出る計画でも、撤退直後に大きな支出が集中すれば、一時的な資金不足が生じる可能性があります。
営業活動から資金を生み出せても、残る借入金の返済負担が大きすぎる場合もあります。撤退・移行に必要な資金を確保できない場合や、重要な人材、顧客、設備、許認可、情報システム、管理機能等を維持できない場合もあります。
PEVA Modelでは、こうした問題を一つの「利益」という数字にまとめず、別々に確認します。
複数の選択肢を同じ条件で比較する
事業撤退には、複数の選択肢があります。
例えば、
- 現状を継続する
- 直ちに撤退する
- 一定期間改善・準備した後に撤退する
- 段階的に縮小する
- 事業を売却する
- 他事業へ統合・再編する
といった方法です。
比較するときに重要なのは、それぞれの選択肢に都合のよい期間や前提を使わないことです。
PEVA Modelでは、同じ意思決定時点から将来を見て、各選択肢について撤退前、撤退・移行中、撤退後までを同じ考え方で比較します。
これによって、「今撤退する場合」と「一定期間待つ場合」を、同じ時間軸で考えることができます。
「待つ価値がある」と「実際に待てる」は別である
一定期間待つことで、赤字を改善できる、固定費を削減できる、売却条件を整えられる、顧客や人員の移行を準備できるといった利点が生じる場合があります。
一方、その期間中も赤字や資金流出が続く可能性があります。
そのため、待つことで得られる経済的な利点と、その期間を資金面・事業面で実際に耐えられるかは分けて考える必要があります。
PEVA Modelでは、待つことに経済的な意味があったとしても、資金不足、債務返済、移行資金、事業継続上の制約等によって実行できない場合があることを前提としています。
公開情報だけでは完全な判断ができない
PEVA Modelについては、公開されている実在企業の事例も用いて、どこまで評価に必要な情報を確認できるかを検討しています。
その結果、公開情報だけでは十分に把握できない情報が少なくないことが確認されています。
例えば、
- 将来の詳細な資金繰り
- 事業継続に必要な最低限の手元資金
- 撤退後も残る固定費の全体像
- 借入金の具体的な返済条件
- 撤退・移行に必要な資金
- 顧客、人材、設備、許認可、情報システム、管理機能等の依存関係
などです。
したがって、PEVA Modelは、公開情報だけから第三者が機械的に撤退可否を判定するためのモデルではありません。
企業内部の管理情報を用いて、撤退を決める前に「撤退後の企業が成立するか」を検討するための意思決定支援モデルです。
どのような企業・場面を主な対象としているか
PEVA Modelは、複数の事業を持ち、不採算事業の撤退、縮小、売却、統合、再編などを検討する企業を主な対象としています。
特に、
- 人件費負担が大きい
- 複数事業で共通して負担している固定費が多い
- 本部や共通業務への依存が大きい
- 撤退後も債務が残る
- 撤退・移行に大きな費用が必要となる
- 顧客、人材、設備、情報システム、管理機能等を事業間で共有している
といった場合には、撤退対象事業だけを見る分析と、撤退後に残る企業全体を見る分析を分ける必要性が高くなります。
現在確認できていること
PEVA Modelについては、基本構造の論理的な整合性を確認し、研究用の試作モデルと架空条件を用いて、想定した条件に対してどのような判定になるかを確認しています。
また、複数の公開事例を用いて、PEVA Modelの考え方を適用できるか、どのような情報が必要になるか、公開情報から何を確認でき、何を確認できないかを検討しています。
これまでの検討では、PEVA Modelの基本構造を否定する重大な反例は確認されていません。
一方、外部専門家による正式な評価や、企業内部の実データを用いた実地での検証は、現段階では実施していません。
また、PEVA Modelを利用することで撤退の成功率や企業業績が向上するという因果的な効果も確認していません。
したがって、PEVA Modelを「外部実証済み」「実地検証済み」「有効性が確認された」モデルとして扱うものではありません。
研究上の限界
PEVA Modelによる評価は、将来の売上、費用、資金の動き、撤退費用、残存固定費、運転資金、撤退時期等の予測に依存します。将来予測そのものの不確実性をなくすことはできません。
また、企業としてどの程度の手元資金を必要とするか、どの程度の債務返済余力を求めるか、どの能力を事業継続に不可欠とみなすかは、企業ごとに異なります。
特に、人材、顧客関係、許認可、技術、管理能力等については、財務数値だけで完全に判断できない場合があります。
PEVA Modelは、税務、法務、M&A、倒産手続、労務等の専門判断を代替するものでもありません。
また、すべての企業に共通して使える普遍的な判定基準や閾値が確立されているわけではありません。
この研究の位置づけ
事業撤退に関しては、差額損益、撤退可能な固定費、事業売却、事業再生、企業の存続可能性などについて、すでに多くの研究や実務があります。
PEVA Modelは、これらの個々の考え方を新たに発明したと主張するものではありません。
研究上の特徴は、それらを「撤退後に残る企業が成立するか」という一つの意思決定対象の下で接続し、撤退後の通常状態だけでなく、そこへ到達するまでの資金・移行過程や、財務数値では代替できない事業継続能力まで含めて考える点にあります。
現段階では、この統合の仕方と意思決定の構造に研究上の特徴があると位置づけています。
世界初、国内初、唯一、既存方式より優れている、といった主張は行いません。
よくある質問
赤字事業なら、撤退した方がよいのでしょうか
赤字であることは重要な判断材料ですが、それだけでは撤退すべきかどうかは決まりません。
撤退によって、どの収益・費用が変わるのか、どの固定費が残るのか、撤退後に残る企業が利益・資金・事業能力の面で成立するかまで確認する必要があります。
撤退すれば、その事業に配賦されていた固定費もなくなりますか
必ずしもなくなりません。
会計上の配賦がなくなっても、本部人員、施設、情報システム、共通設備、契約等の支出が企業全体に残る場合があります。
重要なのは、会計上どこに配賦されるかではなく、撤退後に実際の負担がなくなるかです。
撤退後に黒字になるなら、撤退可能と考えてよいですか
黒字は重要ですが、それだけでは十分ではありません。
撤退までの資金繰り、債務返済、撤退・移行費用、事業継続に必要な能力なども確認する必要があります。
PEVA Modelは最適な撤退方法や撤退時期を決めるモデルですか
いいえ。
複数の選択肢について、撤退後企業として成立できるか、それぞれにどのような利点・制約があるかを整理し、経営判断を支援する研究モデルです。
最適な方法や時期を自動的に決定するものではありません。
公開情報だけでPEVA Modelによる評価はできますか
完全な評価は困難です。
公開情報から確認できる事項もありますが、詳細な資金繰り、必要な手元資金、残存固定費、債務返済条件、移行資金、重要な事業能力等については、企業内部の情報が必要になる場合があります。
PEVA Modelはすでに実際の企業で検証されていますか
研究用の試作モデルや架空条件による内部確認、公開事例による適用範囲の確認は行っています。
一方、企業内部の実データを用いた実地での検証や、外部専門家による正式な評価は、現段階では実施していません。