病院の5年後・10年後の経営戦略は、将来を正確に予測して固定計画を作ることではありません。地域需要、人材、医療機能、制度、収益構造などの変化を捉え、将来どのような役割を担う病院を目指すのかを定め、その実現に必要な重要経営課題と実行計画へつなげることが重要です。

長期戦略では、未来を一点で当てることより、どの変化が経営へ大きな影響を与えるのかを見極め、複数の不確実性を踏まえて進む方向を決めることが求められます。

長期戦略は「10年後を当てる計画」ではない

人口、患者構造、診療報酬、人材、地域医療提供体制などは変化します。10年先の患者数や収益を精密に予測しても、前提条件が変われば数字は簡単にずれます。

したがって、長期戦略では将来予測の精度そのものよりも、変化の方向と経営上の重要な不確実性を捉え、法人としてどの役割を担うのかを決めることが重要です。

最初に現在の内部環境を確認する

将来を考える前に、現在の病院がどのような経営資源と制約を持っているかを整理します。医療機能、患者構成、人材、病床、設備、収益・費用、地域での役割、組織能力、管理体制などを確認します。

特に重要なのは、「今できていること」と「今後も同じように続けられること」を区別することです。現在の医療機能が特定の医師や管理者へ強く依存している場合、現在の実績だけを見て将来像を描くと持続可能性を誤って評価する可能性があります。

外部環境は地域と制度の変化を見る

地域人口、高齢化、患者需要、医療提供体制、人材供給、制度、競合・連携環境などを確認します。全国平均だけでなく、自院が実際に患者・人材を確保している地域の変化を見る必要があります。

外部環境分析は情報収集自体が目的ではありません。どの変化が自院の医療機能、患者数、人員確保、設備投資、収益構造へ影響するのかを整理するために行います。

患者需要だけでなく人材供給も見る

将来患者需要が維持されるとしても、それを支える医師、看護師、医療技術職、事務職等を確保できなければ、現在と同じ提供体制を維持できるとは限りません。需要と供給能力を同時に見ることが必要です。

将来像・経営目標を先に置く

分析後にすぐ課題一覧を作るのではなく、将来どのような病院・医療法人を目指すのかを定めます。どの地域で、どの医療機能を、どの規模・体制で担うのかという方向性が中心になります。

将来像が曖昧なままでは、設備投資、人員配置、病床再編、診療科強化などの個別施策がばらばらに進みます。個別施策の前に、法人全体として何を目指すかを明確にする必要があります。

戦略方向には成長以外の選択肢もある

戦略には、成長・拡大だけでなく、維持、重点化、再編、転換、縮小、撤退等も含まれます。限られた人材・資金・設備をどこへ配分するかという選択として考えます。

すべての診療機能を同じように維持・拡大することが最適とは限りません。将来需要、人材制約、設備更新、地域での役割、収益性を踏まえ、重点をつける必要があります。

重要経営課題は将来像との差から特定する

現在困っていることをすべて重要課題とするのではなく、将来像を実現するために優先的に解決・管理すべき問題を重要経営課題として特定します。

例えば、将来必要な医療機能と現在の人員構成に差がある場合、その差を埋める人材確保・育成が重要経営課題になります。病床構成や設備能力に差がある場合には、再編や投資判断が課題になります。

数字は一つの将来予測ではなく前提条件とセットで見る

中長期の収支、患者数、人員、投資計画を作る場合には、数字だけを確定値のように扱わず、その前提条件を明確にします。患者需要、人員採用、単価、制度、投資時期など、どの前提が変わると計画へ大きな影響が出るかを確認します。

長期計画の価値は、予測誤差を小さくすることだけではなく、経営上重要な前提とリスクを共有し、変化時にどこを見直すべきかを明確にすることにもあります。

遠い将来ほど方向性を、近い将来ほど具体的にする

10年先まで詳細な行動計画を固定する必要はありません。長期では病院の役割・医療機能・事業構造の方向性を定め、中期・短期に近づくほど人材、投資、病床、診療体制、管理制度等の具体的な行動へ落とします。

環境変化が大きい場合には、当初計画へ固執せず、前提条件と実績を確認して計画を見直します。

長期戦略が機能しない典型的な状態

  • 将来予測の数値作成が目的になっている
  • 将来像が曖昧なまま施策だけが並んでいる
  • 人材制約や設備更新を戦略前提に入れていない
  • すべての機能を維持する前提で資源配分を考えている
  • 重要経営課題と実行責任が明確でない
  • 一度作った計画を前提変化後も更新していない

まとめ

病院の5年後・10年後の戦略は、将来予測の精度を競うものではありません。内部・外部環境を踏まえて将来像を定め、戦略方向と重要経営課題を特定し、実行計画へつなげることが基本です。

長期戦略は未来を固定するものではなく、将来どの方向へ進むのかを決め、環境変化に応じて継続的に見直すための経営判断の基準です。

Author

高森 雅人

Wellside Consulting 代表/中小企業診断士

医療法人豊田会 刈谷豊田総合病院に18年間、事務職として勤務。現在は経営管理を専門として、医療・介護を重点領域に、経営戦略、マネジメント体制、管理会計・経営数値管理に関する研究・コンサルティングを行う。

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