事業承継や経営者退職などのExitは、その時点だけの取引ではありません。会社の事業継続に必要な資本と流動性を確保しながら、余剰資本、企業価値、経営者への価値移転、組織の承継準備を数年間の時間軸で一体的に管理する必要があります。MERMは、これらを経営管理の対象として整理する研究モデルです。
この研究で考えていること
オーナー経営の中小企業では、事業承継や経営者退職を考える際に、会社にどれだけ利益や現預金が蓄積しているかだけでは十分ではありません。
会社を継続するために必要な資本や流動性を確保できているか、経営者へ移転できる価値がどの程度あるか、企業価値と経営者が実際に受け取る経済価値を適切に区別できているか、経営者の関与が低下した後も組織が継続して機能できるかを、別々に確認する必要があります。
さらに、これらはExit直前の一時点だけで判断するものではありません。現在から将来へ向けて、財務状態と組織状態がどのように変化するかを継続的に確認する必要があります。
MERMでは、事業承継や経営者退職を単発の取引としてではなく、数年間にわたる経営管理の課題として捉えます。
MERMとは何か
MERMは、事業承継や経営者退職に向けた準備を、財務面と組織面の両方から数年間の時間軸で捉える研究モデルです。
会社の事業継続に必要な資本・流動性を守りながら、将来のExitに向けて余剰資本を形成し、企業価値、経営者への価値移転、組織の承継準備を一体的に管理するための研究モデルです。
Exitの方法や時期を自動的に決めるものではありません。
また、売却価格を算定する企業価値評価モデルや、税務・法務上の取引設計そのものを行うモデルでもありません。
経営上の準備状況を複数の側面から確認し、時間軸上で整理することを目的としています。
MERMの特徴は、財務や事業承継に関する個々の考え方そのものではなく、それらを一つの経営管理の仕組みとしてまとめて捉える点にあります。
5つの管理領域
MERMでは、Exit準備を5つの領域に分けて捉えます。
1. 事業継続に必要な資本・流動性
会社を継続するためには、日常の事業活動を維持できる資本と流動性が必要です。
Exitを考える場合でも、会社の継続に必要な資金まで経営者への価値移転へ回すことはできません。
そのため、最初に「会社として守るべき資本・流動性」と、それ以外を区別して考えます。
2. 余剰・移転可能資本
事業継続に必要な資本とは別に、将来の配分やExitに向けた選択肢として扱える資本を整理します。
利益が蓄積されていることと、実際に経営者へ移転可能であることは同じではありません。
会社の安全性や将来の資金需要を考慮したうえで、資本の状態を確認します。
3. 企業価値
企業そのものの価値と、株主へ帰属する価値は区別して考える必要があります。
MERMは企業価値そのものを算定する独立した評価モデルではありません。外部で設定された企業価値等を前提として、会社側の価値をどのように整理するかを扱います。
4. 経営者への価値移転
会社の価値と、経営者が最終的に受け取る経済価値は同じではありません。
Exitまでの価値移転、退職時の支給、株式等の対価など、経営者側へ移転される経済価値を会社側の企業価値とは分けて考えます。
同じ価値を複数の場所で重複して扱わないことも重要です。
MERMでは、会社の価値と経営者が受け取る価値を明確に分けて扱います。
5. 組織の承継準備
財務面の準備だけでなく、経営者の関与が低下した後も会社が継続できるかを確認します。
対象となるのは、経営判断、組織運営、顧客等との関係、知識、重要な役割などです。
特定の経営者へ重要な機能が集中している場合、財務面に余力があっても、組織としてExitの準備が整っているとは限りません。
この5つの管理領域が、MERMの基本構造です。
財務面と組織面の両方を見る
MERMでは、会社としてExitの準備が整っている状態を、財務面だけでは判断しません。
会社の財務的な安全性や実行可能性と、経営者の関与が低下した後も組織が継続できる状態の両方を確認します。
MERMでは、財務面と組織面の両方が整っていることを、会社としてのExit準備の条件とします。
どちらか一方だけが整っていても、会社としてのExit準備が完了したとは扱いません。
会社の準備状態と経営者個人の目標を分ける
もう一つ重要なのが、会社としてExit可能な状態と、経営者個人の経済的な目標を分けることです。
会社として財務面・組織面の準備が整っていても、経営者が希望する経済的な受取額に達していない場合があります。
反対に、経営者個人の経済目標を満たせるように見えても、その価値移転によって会社の安全性が損なわれるのであれば、会社としての準備が整っているとは扱えません。
MERMでは、この二つを別々に確認します。
経営者個人の目標が、会社側の安全条件を上書きすることはありません。
Exitを一時点ではなく時間軸で考える
事業承継や経営者退職は、ある年に突然準備を始めて成立するとは限りません。
利益の蓄積、資本配分、組織の承継、経営者依存の低減には時間が必要です。
そのためMERMでは、現在から将来までの準備状況を継続的に見直します。
これは「必ず5年前から準備する」という固定的な年数を意味しません。
会社ごとの状況に応じて時間軸を設定し、将来に向けて準備状態の変化を確認していく考え方です。
Exitの実行可能な時期の幅を考える
Exitの準備状況は、「この年が正解」という一点だけで捉える必要はありません。
財務面と組織面の条件が一定の期間にわたって成立する場合、意思決定上の選択可能な期間として捉えることができます。
MERMでは、このような選択可能な期間を、Exitの実行可能な時期の幅として捉えます。
ただし、この期間は統計的に導き出された「最適な時期」ではありません。
経営判断を支援するための概念であり、最終的なExit時期は、会社の状況、経営者の意向、外部環境、取引条件等を踏まえて判断する必要があります。
あくまで経営判断を支えるための期間であり、最適な時期を自動的に示すものではありません。
現在の研究段階
MERMは現在、研究用モデルを用いて主要な構造や考え方の妥当性を確認している段階です。
仮想事例や複数の条件設定、感応度、境界条件などを用いた研究上の確認を実施しています。
一方で、外部での妥当性、実際の企業への適用による妥当性、MERMの利用がExit成功率や企業価値向上につながるといった成果上の因果関係は確立していません。
したがって、MERMを「検証済みの診断ツール」や「最適なExit時期を導く手法」として扱うものではありません。
現段階では研究用モデルでの確認までであり、実際の企業での妥当性や成果への効果まで確認できているわけではありません。
研究上の限界
MERMの現段階には、次のような限界があります。
- 主な対象は、所有・経営・経営者個人の経済目標・組織依存が密接に関係するオーナー経営の中小企業です。
- 組織承継に関する評価構造は、検証済みの心理尺度・組織尺度ではありません。
- 一部の判定条件や成熟度の考え方には、妥当性検証を継続している要素があります。
- Exitの実行可能な時期の幅は、最適化結果ではありません。
- 最適なExit時期を自動的に決定するモデルではありません。
- MERM自体は企業価値評価の精度を保証しません。
- 税務、法務、個別取引条件は、MERMの外部にある重要な制約です。
- 研究用モデルでの確認は、実際の企業での妥当性を意味しません。
- MERMを利用することがExit成功率、企業価値、業績を向上させるという因果的な効果は確認されていません。
これらは、現段階で研究上の限界として明示している内容です。
この研究が目指していること
事業承継や経営者退職を考えるとき、会社の利益蓄積、資本、企業価値、経営者が受け取る価値、組織の承継準備を別々に扱うだけでは、全体としての準備状況を把握しにくくなります。
MERMでは、これらを一つの時間軸上へ置き、会社の継続性と経営者のExit選択肢を同時に考えられる経営管理の枠組みとして整理することを目指しています。
現段階では研究モデルであり、今後も妥当性の確認と研究上の改善を継続します。